滋賀県税制審議会が「交通税」の導入を提言
2022年4月20日、滋賀県の税制審議会が、三日月知事に「交通税」の導入を提言しました。
三日月知事は、2018年の当選の際に「地域公共交通の充実」を公約を掲げており、今回はその実現に向けて「厳しい経営状況にある公共交通を守るために何をするか」という議論を進めるとしています。
日本では聞きなれないこの「交通税」という仕組み、実は1997年に旧国鉄の借金を返済するため、運賃に上乗せする形で「総合交通税」として検討されたことがありましたが、経済界や鉄道事業者からの反対にあい結局は導入されませんでした。
また、都道府県や鉄道・バスの沿線自治体が補助金という名目で、支出の一部として公共交通機関の維持費を負担することはすでに広く行われていますが、今回は公共交通機関維持の名目で新しく税制度を導入し、広く県民全体で負担しようとする点で、日本では初めての制度となります。
海外ではすでに導入済みの国や都市も多く、近年はその数も増加傾向で、中には交通税(またはそれに相当する税制)のおかげで公共交通機関の利用が無料となった地域もありますが、成果が上がっている地域もある反面、問題点も指摘されています。
この交通税、どういう仕組みでどういったメリットがあるのでしょうか。
交通税とは? 上下分離式となった近江鉄道を例に
滋賀県によると、今回導入を検討する交通税とは、地域を走る鉄道やバスなどの公共交通機関の維持のため税金を徴収し、運行費を税金から拠出する、というもので、早ければ2024年度にも制度が開始されます。
具体的な徴収方法としては、県民税(住民税)や固定資産税に上乗せするが検討されています。
公共交通機関は、生産人口の減少や自家用車の普及、生活パターンの変化などにより長年にわたって利用者の減少が続いていましたが、特にコロナ禍以降は利用の落ち込みが顕著となり、その存続の危ぶまれる地域、路線が出てきています。そして、今回の交通税の導入でまず念頭にあるのが、滋賀県東部を走る近江鉄道であろうとされています。
近江鉄道は、ピーク時には年間1126万人あった乗客が2020年には373万人まで減少。2017年には「単独での維持が困難」として滋賀県や沿線自治体に支援を求めていました。
この結果、2019年に沿線自治体との間で、施設を沿線自治体が所有し、近江鉄道は運行に専念する「上下分離式」とすることで合意。今後10年間で毎年必要となる費用約7億7000万円のうち、約半分を滋賀県が、残りを沿線自治体が負担することとなりました。
これら自治体負担となった運行費は、税金として現在の自治体の財政の中から拠出することとなります。このため、決して潤沢ではない沿線自治体の財政からすれば大きな負担となり、これが公共交通機関存続に関して沿線自治体が必ずしも前向きになれない理由の一つとなっていました。これを新たに徴収する交通税で賄おうというのが、今回の提言のテーマの一つとなっています。
交通税の導入は、必ずしも沿線自治体だけでなく、広く県民全体に新たな税負担を課すことで、県全体の公共交通機関の維持を図ることが目的となっています。
すでに海外では導入済みの交通税 メリットや問題点は?
海外では、すでに交通税の名目で税制度が整えられている国があります。その中でも、いち早く導入したのがフランスでした。
1960年代のフランスでは、自動車の普及により、公共交通機関は利用者の減少により経営状態が非常に厳しいものとなっていました。悪化した経営がサービスダウンと設備の更新の停滞を招き、さらに利用者が減少するという悪循環にも陥っていました。
そこで1971年、累積赤字額が最も大きかったパリ周辺の公共交通機関の運営費を確保する目的で、交通税が導入されました。導入当初は、パリ都市圏内に事業所を構える従業員10人以上の事業者を対象に、給料に一定の割合をかけた金額を課税しました。これらの事業者は、従業員の通勤によって交通渋滞を発生しているのだから、一定割合で社会負担をお願いします、という趣旨で課税対象となりました。
さらに1982年には交通基本法が制定され、新たに「交通権」という認識が生まれたことから、公共交通機関の再編・整備が積極的に行われることとなりました。パリで導入された交通税は、現在では人口2万人以上の都市に拡大され、これをきっかけとしてトラムが復活した都市は実に30に及んでいます。
一方で、交通税のシステムを問題視する声があることも事実です。
最大の問題とされているのが、コスト意識の低下です。フランスでは、交通税の対象となっている公共交通機関において、運賃収入は必要経費の20%程度となっており、事実上税金のみで維持されている状態です。
また、多くの場合単独の事業者で運営されているフランスの都市交通に比べ、複数の事業者により運行されている日本の都市交通では、どのように運営費を分配するのかも問題となりますが、単独事業者による都市交通の運営費は、複数事業者が運行する交通税が導入されていない他のヨーロッパの都市と比べ、3割以上コストが高いというレポートも上がっています。
ただ、これらを差し引いても、フランスでは交通税の存在とそれによる公共交通機関の整備は、利便性の向上や設備の近代化などで公共交通機関の利用者からはもちろんのこと、交通渋滞の緩和などの成果で利用者以外からもおおむね好評を持って迎えられています。多くの国民が、交通税の存在が目に見える形でメリットを生んでいることから、交通税負担のデメリットを上回っていると判断しているようです。
新たな取り組みとしては、公共交通機関の整備だけでなく、2019年フランス北部の町ダンケルクではバスの無料化が行われました。2022年にはこの他数都市にも拡大される予定です。
なぜ「交通税」は今まで日本に存在しなかったの?
日本では、法律の用語で「受益者負担の原則」という考え方が存在します。
これは、その行為によって利益を受けるものが費用を負担しなさいという考え方で、交通機関に当てはめた場合、利用によって移動がスムーズに行える(=利益を受ける)利用者が、交通機関の維持費を負担する(=運賃を支払う)という構図になります。逆に言えば、公共交通機関を利用しない者は、その維持費を負担する必要はない、と解することができます。
また、日本には地方公営企業法という法律が存在し、例え公営の地下鉄やバスであったとしても、国や自治体の会計とは独立した運営を行うことが義務付けられています。
このため、日本では公共交通機関は営利手段として認識されるケースが多く、その存続に対しては収支のみを基準として判断される例がほとんどで、赤字なら辞めてしまえという考えが大半でした。こうした環境から、公共交通機関の維持費を名目として税金を徴収することは難しく、これまで交通税は存在していませんでした。
しかし、地方公営企業法が成立したのは1952年(昭和27年)、受益者負担の原則の根拠となる民法が制定されたのは明治時代のことで、その後の社会情勢の変化に必ずしも合致したものではありませんでした。
高度経済成長期になると、各地で輸送量が急増し、事業者は輸送力増強に追われた結果、公共交通機関は設備投資が財政を圧迫して経営状態が悪化しました。特に、本来なら社会インフラや都市計画、国土開発として整備すべきこれらの負担を求められた国鉄や公営交通は慢性的な赤字体質となり、後の国鉄解体や、公営交通の再編の遠因となっていす。
地方では人口の減少や自家用車の普及で、公共交通機関が成り立たない地域も増加しています。
都市部においても、鉄道事業者を始め公共交通の事業者は、通勤ラッシュの緩和や都市計画の一部、バリアフリー化のため莫大な投資を余儀なくされています。その一方で、これらの投資は収益増に結び付かないものも多く、こうした投資が経営を大きく圧迫しています。さらに、今後は都市部においても人口の減少が予測されており、公共交通機関の経営はより一層厳しさを増すものと思われます。
こうした中で、交通機関を運賃だけで支えることはもはや不可能という時代が到来しつつあるというのが、ヨーロッパの認識です。
ただ、一方で増税により何らかのメリットが受けられなければ、日本での定着がむつかしいのも事実でしょう。交通機関の衰退は、必ず地域の衰退につながります。地域が衰退すれば、日本そのものの国力が低下します。交通機関の維持は、「私は乗らないから」というものでは済まされないと思います。一刻も早く、日本でも交通機関維持のための法整備と意識改革が訪れることを祈ります。