西九州新幹線 国と佐賀県が7ヶ月ぶりに協議へ
西九州新幹線のうち、未着工となっている佐賀県内の鳥栖―武雄温泉のあり方をめぐり、2021年5月31日に国と佐賀県が約7か月ぶりに協議を行いました。
西九州新幹線、いわゆる九州新幹線長崎ルートについては、武雄温泉―長崎が2022年秋の開業に向けて工事が進んでいますが、鳥栖―武雄温泉については、国と佐賀県との意見の隔たりが大きく、着工どころかルートも決まっていない状態が続いています。
その顛末については、「どうなる 九州新幹線(長崎ルート)のゆくえ 佐賀県と新幹線 何が問題なの?」に記載しているので、そちらをご覧いただくとして、今回は新たな動きについてお伝えします。
西九州新幹線、佐賀県はなぜ反対?
西九州新幹線に限らず、整備新幹線の着工に当たっては、地元の合意と在来線問題の解決が不可欠とされていますが、佐賀県は依然としてフル規格新幹線としての建設に合意しておらず、これが佐賀県内の整備について膠着している理由となっています。
佐賀県が新幹線建設を認めない理由を簡単にまとめると、
- 仮にフル規格新幹線で完成した場合、博多―佐賀は20分程度となるが、現状でも在来線の特急が40分程度で結んでいる
- その割に佐賀県の建設費負担額が600億円を超える見込みであり、費用のわりに時間短縮効果に乏しい
- 高速バスも多数運転されており、所要時間は75分程度かかるものの市街地~市街地を直接結び運賃は1,000円程度(九州新幹線の運賃・料金を適用すると、この区間は2,300円程度になると思われる)※いずれも正規運賃
- 長崎本線は並行在来線として経営分離され、県民の利便性が損なわれる上に、将来にわたって佐賀県が費用を負担しなければならない可能性がある
というもので、要は費用対効果が合わない、新幹線を建設するメリットよりも、デメリットのほうが大きい、というものです。
ただ、佐賀県としても無条件で反対しているわけではなく、スーパー特急方式やフリーゲージトレインの導入など、県民の足である在来線が守られる方式としての新幹線には合意しています。
今まで新幹線の建設となると、無条件で諸手を挙げて大歓迎、という風潮が強くあり、佐賀県を「わがまま」として悪く報道する内容もありますが、資金が限られる中で本当に必要なのか、誰のために必要なのかをきちんと考えるのは当然のことではないでしょうか。
7カ月ぶり協議再開 佐賀県がフル規格新幹線のルート案の検討を要請か
こうした状況を踏まえ、国と佐賀県は2020年6月から協議を始めましたが、2020年10月に開かれた3回目の協議では、佐賀県の負担をいかに軽減するかという「フル規格ありき」で始まったこともあり、佐賀県の反発を招いたところで、折り悪くコロナウィルスの感染拡大で協議は中止。そして冒頭にご紹介した通り2021年5月31日に約7か月ぶりに協議が再開となりました。
この席上では、佐賀県が従来の在来線を活用する案以外に、フル規格新幹線として3つのルート案の試算を要求したこと明らかとなり、多くのメディアがフル規格新幹線の協議について「進展」があったと報道しています。
佐賀県の要求では、現在の佐賀駅を通るルートの他、佐賀空港や佐賀駅北を通るルートが示されており、国としては「佐賀県が交渉のテーブルに着いた」としてこの機を逃さずこれらの案の検討に入る見込みです。ただ、佐賀県はこれについて「フル規格新幹線に舵を切ったものではなく、あくまでフル規格新幹線でも考えてもよいとも思わせるような案を示してほしいもの」と否定しています。
再びフリーゲージトレインに脚光?
また、この協議では、反対を続ける佐賀県に対し国から対案の提示が求められる場面もありました。すでに武雄温泉―長崎は2022年にもフル規格で開業予定で、今更計画の変更も困難であり、佐賀県が合意しなければ、せっかくの投資も最大限には活かせない、あなたの反対のせいで無駄が出てますよ、という反対者を悪者にする公共事業によくある論法です。だったら最初から同意を取り付けてから始めればいいだけの話で、佐賀県の合意なしに見切り発車して今更対案というのも馬鹿も休み休み言えという感じです。
しかし、佐賀県からははっきりとした対案が示されました。
佐賀県からは、2022年暫定開業時点の博多―長崎の所要時間は1時間20分、一方最高速度200㎞/hのスーパー特急方式でも所要時間は1時間21分で、最高速度を落としてもあまり所要時間は変わらない、それならば、フリーゲージトレインを最高速度を落として導入してはどうか、という意見が出されたのです。
フリーゲージトレインが実現すれば佐賀県内は在来線の改良で済み、佐賀県の負担は225億円程度で済むことになります。すでに建設されている武雄温泉ー長崎の軌道も無駄にはなりません。フリーゲージトレインの開発コストはかかりますが、将来にわたって佐賀県内の在来線が守られるのなら、そちらのほうがコストパフォーマンスに優れる、というものでした。
フリーゲージトレインは、新幹線の線路幅1,435㎜に対し、在来線1,067㎜の異なる線路幅を直通できるよう、軌間を変更できる機能を備えた車両です。日本では、1990年代から開発が始まり、1998年に初代試験車両が完成。2014年にはより営業運転に近い第三次試験車両が完成し、新幹線区間は最高速度270㎞/h、在来線区間は同じく130㎞/hの営業運転を目指し試験が続けられていました。
しかし、どれもこれも始める前から分かっていたような理由で計画は頓挫、複雑な装置のメンテナンス性の悪さや部品の予想外の早さの消耗、高コストで早期の実用化は無理と判断されていました。
しかし今回の佐賀県の提案は、最高速度270㎞/hは無理でも200㎞/hであれば技術的にも問題なく、現在のリレー方式やスーパー特急方式とも所要時間の面でも差はない、在来線の活用で建設費負担も少なくて済み並行在来線問題も発生しない、というもので、国が要求した対案としては申し分ない内容でした。また、フリーゲージトレインは開発速度がスローダウンしただけで、失敗に終わったわけではない、と付け加えています。
ちなみにフリーゲージトレインの大先輩はスペインで、1,668㎜の広軌を採用するスペイン国鉄は、1,435㎜を採用する隣国フランスとの乗り入れ用として1969年より軌間を変更できる国際列車の運行を開始しています。
佐賀県の提案 フリーゲージトレインの実現にかかっている
佐賀県の対案は国としても予想外だったようで、協議の場では「技術担当部署に確認する」と答えるにとどまりました。
結局今回の協議でも両者の隔たりが埋まることはありませんでしたが、ともかく協議の場がもたれたことは一歩前進と考えてよさそうです。
もっとも、前進が必ずしもベターとは限りません。6月11日には与党プロジェクトチームが佐賀県の負担額の一部を国が肩代わりし、JR九州に並行在来線の経営に参画するよう要請することを確認しました。国はあくまでフル規格新幹線の建設にこだわっており、佐賀県の提案したルート案も、1~2カ月で試算するとしています。
フリーゲージトレインも、本当に実現するかは未知の部分が多く、佐賀県の要望通り実用化できるかはわかりません。近鉄が導入を目指す報道がありましたが、北陸新幹線への導入を断念した2018年以降は事実上棚上げ状態にあり、その後の進展はありません。佐賀県の提案が実現するかどうかも、フリーゲージトレインの成否にかかっているといえそうです。