函館本線の長万部ー函館 「貨物鉄道」としての存続で一致 費用問題には触れられず
北海道新幹線開業後に並行在来線としてJR北海道から経営分離される函館本線の函館―小樽のうち、函館―長万部について、新幹線開業後も貨物路線として存続させることで関係者が一致したことが報じられました。
これは、2023年7月26日に開かれた、国、北海道、JR北海道、JR貨物の4者による連絡会議で結論付けられたもので、2030年に予定されている北海道新幹線全通後も、貨物路線として維持することで一致したということです。
函館本線をめぐっては、北海道新幹線開業後に長万部―小樽が廃止されることがすでに決まっていましたが、地域輸送が主体のこの区間に比べ、函館―長万部については、道内各地と本州を結ぶ貨物列車が多数運行されていることから、廃止した場合に物流へ大きな影響が出ることが懸念されていました。
ただし、存続に当たって必要となる費用問題については触れられておらず、事業主体が誰になるのかや費用負担など、まだまだ問題は山積です。
なお、並行在来線問題については「新幹線ができるとどうして在来線は廃止? 並行在来線問題とは」もご覧ください。
函館本線の廃止 地元負担は大きすぎるが日本全体にも影響
函館本線の函館―長万部は、新幹線開業後は特急列車の運行がなくなり地域輸送が主体となりますが、新幹線と接続する函館新北斗―函館は毎時2本程度の運転が確保されている一方、最も閑散区間となる森―長万部を走る普通列車は2023年現在6往復しかなく、北海道の予想では分離後30年で800億円以上の赤字となる厳しい見通しが示されていました。
北海道新幹線開業後の函館本線については、JR北海道からの経営分離は前提となっていたものの、実際にどうするかは「北海道新幹線並行在来線対策協議会」で検討されることとなり、このうち函館―長万部は渡島ブロックとして2012年から協議がスタートしました。しかし、沿線自治体では巨額の費用負担はできないとして、鉄道としての存続に消極的な意見が多くを占めていました(だたし、全線をバス転換した場合でも同様に500億円以上の赤字が見込まれているなど、鉄道してだけでなく、公共交通そのものの存在が危機に立たされています)。
しかし、この区間には定期列車だけで上下50本近い貨物列車が走り、多くは青函トンネルを超えて本州までを結ぶ貨物輸送の大動脈となっています。
データによれば、青函トンネルを超えて北海道と本州の間で輸送される貨物列車の取扱量は年間460万トンに及び、北海道で生産される農産物の3割が函館本線を経由して輸送されています。
また、数字の上ではこれらの農産物をフェリーやトラックへ代替することは可能とされていますが、トラックは確保できても昨今問題となっているドライバー不足は計算に入っていません。仮にドライバーが確保できたとしてもコストの上昇は避けられず、食品の値上がりにもつながります。北海道産の食糧価格が上昇すれば、一般の消費者への影響はもちろん、これまで低コストで優位さを保っていた北海道の農業全般にも影響する恐れがあり、コストの上昇で北海道の農業が衰退とすれば、日本が食糧を確保する上での重大な問題となります。
さらに、函館本線を経由する貨物輸送量は、北海道発よりも北海道向けのほうが多く、貨物列車は北海道民の生活を支える重要な足となっています。現在日本人の多くは都市圏で生活しており、函館本線の存続問題など地方の他人事と考える人がほとんどかもしれませんが、実は国民一人一人にとっても大変重要な問題なのです。
インフラとして必要 口は出すが金は出せない関係者
しかし、日本のインフラを支えるために貨物線として残すならば、沿線自治体としては「なぜ自分たちだけが費用を負担しなければならないのか」となるのは当然で、路線維持の費用を誰が負担するのかという問題が立ちはだかりました。
さらにJR貨物は、沿線自治体の負担がない場合、鉄道事業者としては単独で路線を維持することは困難」であると発表しました。JR貨物は、線路や施設を保有せず使用料のみを負担することが前提となっていますが、これを直接負担するとなるとやはりコストの増加は避けられません。
これとは別に、北海道内の経済界からは、道内経済の維持や振興のため、2022年7月に函館本線の維持に関する提言が出された他、国としても食料確保の問題から函館本線の維持に前向きな姿勢を見せていましたたが、残念ながら存続へ向けての結論は出されませんでした。
一方のJR北海道は、経営移管が決まっていることをいいことに我関せず状態で、路線の存続に向けての話し合いを行おうにも、結局誰もが「口は出すが金は出したくない」のループに陥り、話し合いは進みませんでした。
こうした中、現実に北海道新幹線の工事が進行し、2030年度の開業が迫ってくるとようやく尻に火が付いたのか、国、北海道、JR北海道、JR貨物による4者協議が初めて開かれたのは2022年11月のこと。貨物輸送のため路線維持か、はたまたフェリーなどへの代替か、数度にわたり検討が行われましたが、冒頭にお伝えした通り、「すべての貨物輸送を代替することは不可能」との結論に至り、貨物線として存続させる方向で一致したということです。
「アボイダブルコストルール」 JR貨物は直接経費のみ使用料として支払っている
しかし、問題となるのははやり費用です。
貨物列車を維持するためなら、本来なら運行主体となるJR貨物が路線を所有することが考えられますが、JR貨物は先に述べた通り費用負担には消極的な態度をとっています。
これは、JR貨物には「アボイダブルコストルール」という特殊なルールが適用されているためです。
「アボイダブルコストルール」とは、日本語では「回避可能経費」とも呼ばれています。JR貨物は、旅客鉄道各社に線路使用料を払うことで貨物列車を運行していますが、このうちJR貨物が支払うのは貨物列車の走行によって直接必要になった経費でよい、ということになっています。これは、JR貨物発足時に経営の先行きが不安視されていたことから、JRグループでの特例として始まった制度です。
具体的には、JR貨物は列車の走行のための電気代、線路や架線の摩耗分だけを負担すればよい、とされており、施設の設置や維持、修繕にかかるコストは負担しません。これにより、JR貨物が負担すべき費用は、本来の10分の1程度になっているとされ、割安な貨物運賃の設定が可能となっていますが、それでも競合交通機関に比べ十分な競争力を持っているとはいいがたい状態です(自動車輸送の場合も、トラック事業者など車両の所有者は道路の建設費や維持費を払うわけではなく、通行料や税金として間接的に使用料を払っているだけなので、こちらも完全にアボイダブルコストルールが適用されていることとなります)。
JR貨物はこの制度の存在を前提としているため、自らが路線を所有して運行することは到底できません。
このため、函館本線が貨物線として存続するためには、公的資金の注入が欠かせませんが、その負担者や負担割合については全く触れられておらず、今後も紆余曲折が予想されます。ただし、路線の廃止で鉄路が切り裂かれるという最悪の事態はひとまず避けられたことになります。