時刻表1988年3月号 宇高連絡船や急行が最後の活躍を見せる四国主要列車

書籍
スポンサーリンク

アマゾン タイムセール

人気の商品が毎日登場。

タイムセール実施中

スポンサーリンク

アマゾン タイムセール

人気の商品が毎日登場。

タイムセール実施中

いすみ鉄道にかつての四国急行『いよ』『うわじま』が走る

2021年10月1日より開始された四国ディスティネーションキャンペーンを記念し、千葉県を走るいすみ鉄道で、実物の急行『いよ』『うわじま』のヘッドマークを付けた列車が走っています。

これは、いすみ鉄道とJR四国が共同で行うキャンペーンイベントで、いすみ鉄道が所有するキハ28に、JR四国が保管していたヘッドマークを付けて、かつて四国を走っていた国鉄時代の急行列車を再現することで、キャンペーンの周知を図ろうというものです。

ヘッドマークの取り付け列車は、土・日ダイヤで運行される日に大多喜―大原―大多喜ー上総中野―大多喜で運行されます。

なお、残念なことにキハ28に不具合が生じ、11月7日以降は修理のため運用を離れることとなりました。11月10日以降は、キハ52にヘッドマークが装着されて運行されています。

運転日や運転時刻は、いすみ鉄道Webサイトで確認してください。

1988年3月13日時点 瀬戸大橋開通前 宇高連絡船・四国主要列車 時刻表

それでは、民営化直後の時刻表1988年3月号から、いすみ鉄道で話題となっている『いよ』『うわじま』など当時の四国内の優等列車運行体系を見てみましょう。1988年は、『いよ』が翌1989年3月改正で廃止されたため、『いよ』『うわじま』の両列車が掲載された最後の1年となりました。

1988年3月改正は、民営化初の全国規模のダイヤ改正となりましたが、瀬戸大橋の開通が4月10日であったため、本四備讃線を含む四国内の改正日は4月10日となり、時刻表には両方のダイヤが記載される構成となっています。

1988年4月改正では、瀬戸大橋線を中心に、四国内の運行体系が大幅に見直され、特急の岡山乗り入れが開始されました。急行については、瀬戸大橋を超える列車は設定されませんでしたが、特急の新設と増発で一時的に車両数が不足したため、一部で増発が行われています。全国的に急行列車の削減が進む中で、珍しい減少となりました。

また、宇高連絡線が記載された最後の時刻表でもあるため、せっかくですから瀬戸大橋開通前後のどちらの時刻表も見ていきたいと思います。

1988年3月13日時点 最後の活躍を見せる宇高連絡船

まずは、宇高連絡船の時刻表です。

2021年現在、岡山と高松の間は瀬戸大橋があり、往来も簡単ですが、かつては連絡船により結ばれていました。瀬戸大橋が開業するのは1988年4月10日でしたので、時刻表1988年3月号ではまさに最後の活躍が掲載されています。

なお、本州内の列車については、改正日の3月12日から4月9日までの間に、開業準備の関係からか頻繁に時刻変更が行われ、特に3月20日以降は行先変更などで接続列車そのものがなくなったりしています。

宇高連絡船讃岐丸
1986年、民営化前なのでJNRの国鉄マークを付けた時代の宇高連絡船「讃岐丸」 終航時には4隻の貨客船が在籍し、接客設備がほぼ同じなためいずれも伊予丸型と言われたが、「讃岐丸」だけは建造が遅かったため、他の3隻と比べ機関の刷新や出力アップが図られている 運航最終日には、定期便最終として運航された「阿波丸」に続く臨時便の「伊予丸」に続き、さらに続行便として「本当の最終便」に使用された その後JR四国の観光船として使用されたが、1996年に引退 インドネシアへ売却された Wikipediaより

宇高連絡船 時刻表 岡山→宇野→高松

瀬戸快速快速快速快速快速快速
岡山06300709073608310939103911391239岡山
宇野07110756082209091010111012101310宇野
宇野071807250804082909170922093110171022111711221217122213171322宇野
高松074108280833093209401025100010401125114012251246132513401425高松
予讃線しおかぜ5号
0850
しおかぜ7号
0950
しおかぜ9号
1050
しおかぜ11号
1150
しおかぜ13号
1250
しおかぜ15号
1350
予讃線
土讃線南風
3号
0837
あしずり3号
1003
あしずり5号
1159
南風5号
1347
土讃線
高徳線阿波1号
0753
むろと
1号
0902
阿波3号
1000
阿波
5号
1102
阿波7号
1203
阿波9号
1302
阿波11号
1404
高徳線
岡山―宇野は連絡船接続列車のみ記載 ホ:ホーバークラフト 高:高速艇 予讃線・土讃線・高徳線はそれぞれ接続優等列車を記載
快速快速快速快速快速
岡山133914391539163917391842201021092232岡山
宇野141015101610171018101928205021552316宇野
宇野133614171422151715221617162217171722181718221947210022502325宇野
高松14051440152515401625164617251740182218491925201922002350025高松
予讃線しおかぜ17号
1450
しおかぜ19号
1550
しおかぜ21号
1650
しおかぜ23号
1800
しおかぜ25号
1903
いよ
2010
うわじま1号
0050
予讃線
土讃線あしずり7号
1507
土佐1号
1653
南風7号
1901
土佐3号
1954
221レ
0053
土讃線
高徳線むろと
3号
1505
阿波
13号
1603
阿波15号
1702
阿波17号
1803
阿波19号
1857
阿波21号
2006
高徳線
岡山―宇野は連絡船接続列車のみ記載 ホ:ホーバークラフト 高:高速艇 予讃線・土讃線・高徳線はそれぞれ接続優等列車を記載

宇高連絡船 時刻表 高松→宇野→岡山

予讃線いよ
0847
しおかぜ2号
0947
しおかぜ4号
1043
しおかぜ6号
1145
しおかぜ8号
1247
予讃線
土讃線土佐
2号
0938
土佐4号
1059
南風2号
1159
宇野
高徳線阿波2号
0819
阿波4号
0940
阿波6号
1041
むろと
2号
1141
阿波8号
1243
宇野
高松064207000727075608070840090709471007104711001107114712071300高松
宇野070507590756081909070909100710101107111011291207121013071329予讃線
快速快速快速快速快速
宇野071508060826092010171117114112221341土讃線
岡山080008430921095410541154123812541438高徳線
岡山―宇野は連絡船接続列車のみ記載 ホ:ホーバークラフト 高:高速艇 予讃線・土讃線・高徳線はそれぞれ接続優等列車を記載
予讃線しおかぜ10号
1359
しおかぜ12号
1455
しおかぜ14号
1548
しおかぜ16号
1644
しおかぜ18号
1758
しおかぜ20号
1912
しおかぜ22号
2017
しおかぜ24号
2128
予讃線
土讃線土佐6号
1259
あしずり2号
1355
あしずり4号
1558
南風4号
1658
南風6号
1929
南風8号
2049
土讃線
高徳線阿波10号
1341
阿波12号
1442
阿波14号
1545
むろと
4号
1644
阿波16号
1743
阿波18号
1936
阿波20号
2137
宇野
高松130713471407144715071547160717001707174718221900194320252215高松
宇野140714101507151016071610170717291807181019221932204321252315予讃線
快速快速快速快速快速瀬戸
宇野1417151716171718174618181939210222002324土讃線
岡山1454155416541754183818562023213722440009高徳線
岡山―宇野は連絡船接続列車のみ記載 ホ:ホーバークラフト 高:高速艇 予讃線・土讃線・高徳線はそれぞれ接続優等列車を記載

瀬戸大橋開業までは、本州側のターミナルは宇野線の宇野駅で、岡山―宇野にはアクセス列車が設定されていました。寝台特急『瀬戸』も、宇高連絡線と接続する宇野が終点でした。

表中に快速と表記されているのは快速『備讃ライナー』で、1988年3月時点では指定席も連結され、東京―岡山の『ひかり』に接続していました。この区間に快速列車が設定されたのは1972年の新幹線岡山開業時にまでさかのぼり、本四連絡列車としては現在の快速『マリンライナー』の前身とも言えそうです。

従来の115系快速を置き換え、1987年から運転が始まった快速『備讃ライナー』 指定席も連結していたため、発車時刻順に「~1号」「~2号」と名称がつけられた 製造されたばかりの213系が使用され、3連を3本つないだ9両という大編成が標準だった 1988年4月改正で高松寄りにグリーン車を連結、新たに快速『マリンライナー』となり、『備讃ライナー』は1年余りで終了となった Wikipediaより

なお、宇野線は瀬戸大橋線開業に備えて3月20日にダイヤ修正が行われており、発車時刻の変更や行先変更が実施されています。

航路である宇野―高松は営業キロにして18.0㎞で、旅客用の連絡船として伊予丸、土佐丸、讃岐丸、阿波丸の4隻が就航しており、約1時間で結んでいました。これとは別に、1972年からホーバークラフトによる急行便の運行も行われており、こちらは宇野―高松を23分で結んでいました。ホーバークラフトによる運行は好評でしたが、1隻しかなかったため、1985年には検査時などにも対応できるよう高速艇も就航、こちらは30分程度で結んでいました。なお、高速船はホーバークラフトの代替か多客時のみの運航となっていますが、1988年3月号では運航日に関する記述はありません。

運行状況は日中はおおむね毎時2便で、1便が急行便、1便が通常便という体制でした。便によっては、あとから出た急行便が先に出港した通常便よりも早く着く場合もあったようです。

宇高連絡船 ホーバークラフト
1972年から運行されたホーバークラフトによる急行便 これは2代目の『とびうお』で、1980年に就航した 最高速度は約80㎞/hで、海の新幹線とも呼ばれ、塗装も0系を意識したものであった 陸走できるというホーバークラフトの性能を活かし、駅構内で列車に横付けするなどの案もあったが実現しなかった 1988年の瀬戸大橋開業で用途を失い、連絡船としての実働は8年という短いもので、その後も引き合いはなく1991年に解体されている Wikipeidaより

連絡船の運賃は500円で、普通列車の扱いでしたから、青春18きっぷでも乗船可能でした。本州と四国のJRを乗り継ぐ場合の運賃は、それぞれの鉄道距離を通算して運賃を算出し、これに連絡船運賃を加算して計算していました。また、ホーバークラフト、高速艇は急行料金として1100円が必要でした。

1988年4月10日の瀬戸大橋線開業により、本州と四国のアクセスは新たに設定された快速『マリンライナー』が担うようになり高速艇を残して廃止されました。その高速艇も、1990年に運航休止、翌年に正式に廃止となり、国鉄→JRが運行する鉄道連絡船としては消滅しました。

その後もフェリー業者によって引き続き宇高航路としては存続し、3社により1日100往復以上の高頻度運航が行われていましたが、利用の減少に伴って減便や撤退が相次ぎ、2014年には50年以上続いた深夜便の運航が休止。この時点で1社のみ14往復となり、2017年には5往復1隻体制へ縮小、2019年12月をもって休止となりました。鉄道連絡船として1910年に設定されて以来、宇高航路は109年の歴史に幕を閉じました。

1988年3月 予讃線特急『しおかぜ』急行『いよ』『うわじま』時刻表

いすみ鉄道で話題となっている急行『いよ』と『うわじま』ですが、その名称からわかる通り、どちらもかつて予讃線を走っていた急行列車でした。

1988年3月の時点では、1時間に1本程度の特急『しおかぜ』に交じって、急行列車の運行される姿が見てとれます。

現在は、特急『しおかぜ』は松山を境界に運行体系が分断されていますが、1988年当時は高松から宇和島まで直通運転が基本でした。

予讃線主要列車時刻表 高松→松山→宇和島

うわじま
1号
うわじま3号しおかぜ1号しおかぜ3号しおかぜ5号うわじま5号しおかぜ7号しおかぜ9号しおかぜ11号しおかぜ13号
高松00500602070008500950105011501250高松
丸亀01150625072309131012111212141312丸亀
新居浜022606270734082910231111121313221415新居浜
今治0304
0306
0714
0718
0810
0811
0905
0905
1106
1106
1144
1145
1257
1257
1355
1355
1449
1449
今治
松山0352
0419
0815
0834
0857
0946
0950
1146

1159
1224
1341
1343
1439
1529
1531
松山
八幡浜0529
0600
0950
0952
1051
1052
1313
1313
1444
1445
1632
1632
八幡浜
宇和島070010441132140015251713宇和島
細字:普通列車として運転
しおかぜ15号うわじま7号しおかぜ17号しおかぜ19号しおかぜ21号しおかぜ23号しおかぜ25号いよ
高松1350145015501650180019032010高松
丸亀1413151216141713182419282034丸亀
新居浜1522162517211826192720352154新居浜
今治1556
1557
1657
1658
1758
1759
1900
1901
2003
2004
2112
2118
2232
2234
今治
松山1643

1712
1746
1847
1857
1949
2043
2049
2200
2322
松山
八幡浜1826
1826
2002
2002
2150
2151
八幡浜
宇和島191320442231宇和島

予讃線主要列車時刻表 宇和島→松山→高松

いよしおかぜ2号しおかぜ4号しおかぜ6号しおかぜ8号しおかぜ10号しおかぜ12号うわじま2号しおかぜ14号
宇和島0610071309101020宇和島
八幡浜0650
0651
0754
0755
0952
0954
1115
1115
八幡浜
松山
0525

0700
0755
0800
0857
0900

1000
1057
1100

1200
1223
1234

1300
松山
今治0609
0611
0741
0741
0841
0842
0941
0943
1042
1042
1153
1154
1244
1245
1428
1341
1341
今治
新居浜06480818091710221122122813241424新居浜
丸亀08210925102111231225133514331525丸亀
高松08470947104311471247155914551548高松
細字:普通列車として運転
しおかぜ16号しおかぜ
18号
うわじま4号しおかぜ20号しおかぜ22号しおかぜ24号うわじま6号しおかぜ26号うわじま8号
宇和島12101353171418151936宇和島
八幡浜1250
1251
1442
1445
1752
1753
1903
1903
2026
2026
八幡浜
松山1356
1400

1500
1553

1630

1728
1853
1855
2012

2033
2137
松山
今治1439
1440
1542
1543
1708
1709
1811
1811
1933
1934
2117
2118
今治
新居浜152216241743184820092154新居浜
丸亀162217351850195421062253丸亀
高松164417581912201721282314高松
細字:普通列車として運転

『いよ』『うわじま』の列車名の登場は1963年改正で、この改正では予讃本線系統の準急列車名の整理が行われ、高松ー松山の準急列車に『いよ』、高松―宇和島の準急列車に『うわじま』の名称が与えられました。1966年改正では両列車とも急行に格上げとなり、予讃線の主力列車となります。1968年改正では、『うわじま』が夜行1往復を含む8往復、『いよ』が区間便を含め5往復となり、両列車の全盛期を迎えます。

1972年改正では、新幹線岡山開業により宇高連絡線を介して列車体系が見直され、予讃本線には四国初の特急列車となる『しおかぜ』が、土讃本線の『南風』とともに運行開始。『しおかぜ』は高松―宇和島1往復と、高松―松山2往復で、キハ181が使用されましたが、四国の線路事情ではその出力を活かすことはできず、停車時間を除く実質的な所要時間は急行と同じでした。特急を設定しても速達性に乏しいため、四国ではこの後も都市間輸送を長らく急行が務めることになります。

1984年当時の急行『いよ』 左から2両目は元キロ28のキハ28-5000番台 1970年代後半より国鉄では運賃・料金の値上げが相次ぎ、従来割安だったグリーン車は閑古鳥が鳴く状態であったことから、1980年改正で四国内ではすべての急行でグリーン車が廃止された キロ28はキハ28-5000へと改番されたが、リクライニングシートなど車内設備はほとんどグリーン車時代のままで、「乗り得」車両であった Wikipediaより

この状況が変化したのが、民営化直前の1986年11月改正で、キハ185系の投入により『しおかぜ』は『いよ』『うわじま』を格上げするかたちで9往復を増発、『いよ』は1往復、『うわじま』は3.5往復となり、四国でも特急中心のダイヤが組まれるようになりました。このうち、『うわじま』1号は夜行列車として運転されていました。

1988年3月 土讃線特急『南風』急行『土佐』『あしずり』 時刻表

変わって、高松から高知県を結ぶ土讃線の時刻表です。

特急『南風』に交じって急行『土佐』『あしずり』が設定されており、やはり急行列車が最後の活躍を見せています。南風4往復に対し、急行『土佐』『あしずり』が合わせて6往復と、急行中心の優等列車設定となっていました。

3月時点では、窪川から先の中村まではまだ中村線の時代で、1988年4月1日より土佐くろしお鉄道へと転換されています。転換に備え、4月1日より時刻変更や行先・列車種別の変更が行われています。なお、中村―宿毛が開業するのは1997年のことです。

土讃線主要列車時刻表 高松→高知→中村

221レあしずり
1号
南風
1号
南風
3号
あしずり
3号
あしずり
5号
南風
5号
あしずり
7号
土佐
1号
南風
7号
土佐
3号
高松0053071708371003115913471507165319011954高松
多度津0141
0142
0744
0746
0906
0909
1033
1036
1229
1230
1414
1415
1537
1539
1726
1729
1929
1931
2023
2024
多度津
阿波池田0241
0249
土佐山田
0712
0830
0831
0959
1000
1128
1130
1323
1325
1459
1501
1630
1632
1816
1817
2018
2018
2111
2113
阿波池田
高知0453
0743
0753
0955
0958
1126
1128
1312
1315
1456
1500
1626
1811
1814
1952
2012
2140
2142
2243
高知
窪川0926
0928
1116
1116
1243
1247
1442
1443
1628
1629
1946
1946
須崎
2117
2258
2259
窪川
中村1011115613301526171920302339中村
★:土佐山田―高知 休日運休 細字:普通列車として運転

土讃線主要列車時刻表 中村→高知→高松

土佐
2号
土佐
4号
南風
2号
土佐
6号
あしずり
2号
あしずり
4号
南風
4号
南風
6号
南風
8号
あしずり
6号
中村072408091043122516001812中村
窪川須崎
0618
0804
0805
0910
0927
1133
1134
1304
1305
1645
1645
1859
1900
窪川
高知
0629
0745
0802
0923
0925

1002
1057
1104
1259
1302
1424
1426

1650
1804
1813
2024
2034
高知
阿波池田0810
0811
0941
0941
1047
1048
1141
1144
1239
1241
1438
1440
1548
1549
1814
1816
1938
1938
2217
2219
阿波池田
多度津0906
0907
1026
1026
1131
1132
1229
1230
1326
1326
1529
1529
1631
1632
1902
1903
2021
2022
2304
2305
多度津
高松0938105911591259135515581658192920492334高松

土讃線に初めて名称のついた列車が登場したのは1950年のことで、高松桟橋(後に高松駅に統合)ー須崎の準急が『南風』と名づけられました。この改正では、大阪ー須崎にも直通準急が307・308列車として設定されています。この列車は宇野ー高松は宇高連絡船で車両航走が行われ、翌年には窪川まで土讃線が全通したことにより、両列車とも須崎ー窪川を延長します。しかし、 307・308列車は1955年の紫雲丸事故(宇高連絡船沈没事故)により車両航走が中止となったため、のちに連絡船を介して大阪ー宇野の準急と高松ー須崎の普通列車に分割されています。

『土佐』の名称ができたのは1959年改正で、高松ー窪川の準急列車として運転を開始、1961年4月改正で高松―高知の3往復となり、窪川まで足を延ばす列車は準急『足摺』として分離されました。

1986年改正では、四国の特急にキハ185系が投入された 経営基盤の弱さが指摘されるJR四国に対し、国鉄の予算で投入されたいわば置き土産車両であった 短編成化を容易にするため、中間車両はグリーン車を含むキロハ186のみで、普通車は全て運転台付きのキハ185となり、特急型ながら急行型のキハ58やキハ65に近い構成となっていた なお、登場当初は緑帯であったが、瀬戸大橋開業までに水色帯に変更されている Wikipediaより

同じ1961年の10月改正では、急行『黒潮』『浦戸』が設定されたことにより、準急『土佐』は1往復を急行に振り替え、この時点で土讃線の優等列車は急行『黒潮』『浦戸』、準急『土佐』『足摺』『南風』が設定されていました。

1962年改正では、現在の特急『剣山』の前身となる、徳島本線経由の準急『阿佐』が小松島―徳島―高知で運転を開始、翌1963年改正ではこれに準急『よしの川』と、『阿佐』の多度津発着列車の多度津―松山を延長した『いしづち』も加わります。さらに1964年改正で高松―高知に準急『南国』が、1965年改正では松山―多度津―高知に準急『予土』が新設され、土讃線の優等列車は実ににぎやかなものとなりました。また、1966年には料金制度の変更に伴い、準急が急行へ格上げされています。

1968年10月改正では、これらの列車の整理が行われることとなり、高松―窪川を急行『あしずり』7往復、高松―高知を急行『土佐』5往復に統一、これに徳島本線の優等列車も急行『よしの川』に統一され、6往復中4往復が高知へ乗り入れ、『予土』『いしづち』は廃止となりました。1970年には中村線窪川―中村が開業し、『あしずり』2往復が中村まで延長されます。

1972年改正では、新幹線岡山開業に伴う四国内の輸送体系見直しにより、新たに特急『南風』が1往復設定されました。

『南風』はその後一部の『あしずり』『土佐』を格上げする形で1988年3月時点までに4往復体制になりましたが、利用不振により『土佐』『あしずり』は削減が続き、それぞれ2.5往復、3.5往復となっていました。

キハ181時代の特急『南風』 国鉄時代末期のころの写真で、JRマークはなくオリジナル塗装である 電車特急や寝台特急は1978年改正から絵入りのヘッドマーク・テールマークが使用され始めたが、気動車特急はそれよりずっと遅れ、四国の特急列車に絵入りのヘッドマークがついたのは1985年3月改正からだった Wikipediaより

唯一の50系だった夜行列車 高松発高知行き221列車

さて、この中でもう一つ注目すべき列車が、高松を0:53に発車する高知行き221列車です。

予讃線同様、土讃線にも新聞・荷物輸送を兼ねた夜行列車が存在しており、急行列車だった予讃線に対して土讃線は普通列車でした。1985年改正までは731Dという列車で、列車番号の示す通り気動車による運行で、その当時は高松→中村の運転でした。

1985年改正により、運転区間が高知まで短縮されると同時に、新聞輸送の関係からか当時削減対象であった客車列車に置き換えられ、それも50系客車による運転となっていました。もともと通勤輸送を目的として製造された50系が夜行列車として使用されたのは後にも先にもこの列車のみで、大変貴重な存在でした。

なお、復路は222列車として高知5:24→高松10:33の昼行列車で運転されていたほか、高知―阿波池田に3往復の50系による普通列車が存在していました。

1988年3月 高徳線特急『うずしお』急行『阿波』『むろと』 時刻表

さて、高松駅を起点にする3方面のうち、最後は高徳線です。

高松―徳島は、その距離が74.8㎞と松山、高知の半分以下で、そのため優等列車に関しても短編成による頻発運転が行われていました。1988年3月時点での主力列車は急行『阿波』で、徳島を超えて牟岐まで足を延ばす列車には『むろと』の愛称がつけられていました。両列車合わせてほぼ毎時1本の運転で12.5往復が設定され、当時の急行列車としては最大の運転本数を誇っていました。

高徳線主要列車時刻表 高松→徳島→牟岐

阿波
1号
むろと
1号
阿波
3号
阿波
5号
阿波
7号
阿波
9号
阿波
11号
むろと
3号
阿波
13号
阿波
15号
阿波
17号
阿波
19号
阿波
21号
高松0753090210001102120313021404150516031702180818572006高松
志度0815092210191120122113221421152616211722182919162027志度
池谷0914
0918
1020
1020
1121
1123
1219
1222
1322
1323
1422
1424
1517
1519
1622
1623
1724
1725
1818
1818
1928
1929
2021
2021
2126
2126
池谷
徳島0930
1032
1038
1135
1233
1334
1436
1531
1636
1641
1737
1830
1941
2033
2138
徳島
牟岐12061815牟岐
斜体:普通列車として運転

高徳線主要列車時刻表 牟岐→徳島→高松

阿波
2号
阿波
4号
阿波
6号
むろと
2号
阿波
8号
阿波
10号
阿波
12号
阿波
14号
むろと
4号
阿波
16号
阿波
18号
阿波
20号
牟岐阿南
0708
08251332牟岐
徳島
0647
0757
0809

0907
0954
1006

1100

1210

1309

1413
1459
1506

1609

1757

2002
徳島
池谷0658
0658
0821
0822
0918
0919
1018
1021
1112
1112
1221
1222
1320
1323
1424
1425
1519
1520
1620
1623
1808
1809
2013
2014
池谷
志度075909211020111912221321142115261622172219162117志度
高松081909401041114112431341144215451644174319362137高松
斜体:普通列車として運転

高徳線に『阿波』の名称が誕生したのは1959年(昭和34年)改正で、高松―徳島の準急『阿波』として設定されたのが始まりです。また、『むろと』の名称は1963年(昭和38年)改正で高松―牟岐に同じく準急として設定されました。

国鉄末期の急行『阿波』 運行区間が短いこともあり、短編成・頻発運転の国鉄らしからぬ急行列車だった 手前のキハ28はグレードアップ車両と呼ばれたもので、キハ181譲りの回転式クロスシートを装備していた 乗務員窓の下にはタブレットキャッチャーが見えるが、牟岐線は国鉄最後のダイヤ改正となった1986年11月まで通票閉塞で、この写真の時点ではタブレットが現役であるため、直後の扉窓は破損防止のため鉄格子がはまっている Wikipediaより

1968年(昭和43年)改正で準急種別が廃止となったため、両列車とも急行となり、以来高徳線の優等列車として運行されてきました。

次ページ 瀬戸大橋開通後 四国主要列車時刻表

タイトルとURLをコピーしました