広電5000形グリーンムーバーが置き換え対象? 運賃値上げ資料の中で
広島電鉄で運行される5000形「グリーンムーバー」が、数年以内にも置き換え対象となるかもしれません。
これは、広島電鉄が2022年11月に実施した運賃値上げを国土交通省に提出した際、同省に提出した資料や、同年10月にプレスリリースされた資料の中で記述されているものです。
この資料の中では、設備投資実績・計画の項目に「経年20年以上の超低床車両の代替時期となることから、計画的に車両を代替」という記述が見られます。
5000形の導入は1999年からで、初期編成から見ても車齢はまだ24年。他都市から移籍した車両や被爆車両が現役である広島電鉄の中にあって、車齢24年とはまだまだ子供のような年齢です。先の資料でも、5000形を置き換えるという具体的な記述は見当たりません。
しかし、2002年までに12編成が導入された5000形のうち、2023年6月現在稼働車は3編成のみ。5007編成は製造後8年で部品取りとして休車同然の扱いとなっています。こうした状況から、置き換え対象が5000形ではないか、との憶測が広まっています。
ドイツ シーメンス社製の広電5000形 コンビーノシリーズの一つ
広島電鉄5000形は、1999年から導入が始まった車両で、熊本市交通局の9700形に続く、日本で2番目の100%低床式電車です。
1960年代から1970年代にかけて路面電車空白期があった日本では、当時の技術では低床式電車の国産化は難しく、5000形はドイツに本拠を置くシーメンス社※が製作する低床式車両コンビーノシリーズの一つとして、一部を日本仕様として製造されました。車体のデザインは日本ですが、車体や機器類はドイツ製で、このうち第一編成は、ロシア製の大型機で空輸されてきた姿が話題となりました。
※シーメンス「Siemens」はドイツ語読みとしては「ジーメンス(あるいはズィーメンスとも)」に近い発音ですが、英語では「シーメンス」と発音するため、日本法人も公式サイトで「シーメンス」と表記しています。ここでは「シーメンス」で統一します。
コンビーノシリーズは、もともとは西ドイツにおいて路面電車の製造で圧倒的であったデュグア社が1996年に設計したものを、同社がジーメンス社に買収されたことで、日本ではシーメンス製として知られています。100%の低床式で、車輪に支えられた車体と車輪を持たない車体をつないだ構造が特徴です。
日本の鉄道車両は、鉄道会社がメーカーに発注して製造するいわばオーダーメイド製が主流ですが、ヨーロッパでは、鉄道車両メーカーが標準設計を用意し、使用する鉄道会社の事情に応じてあらかじめ用意しておいたオプションを組み込む方式が主流となっています。
このため、コンビーノシリーズでは、標準軌や狭軌といった問題はもちろん、使用電源や電圧だけでなく電化・非電化、片運転台・両運転台(ヨーロッパのトラムは、多くの場合進行方向は1方向のみで、終点ではループ線で折り返す)の選択や、組み合わせにより3連接から9連接までの編成が組めるよう設計されており、ヨーロッパはもちろん世界各地で見ることができます。
なお、日本で低床式電車第一号となった熊本市交通局の9700型は、同じドイツ製でも、MAN社のブレーメン型と呼ばれる車体を採用。MAN社は1999年にカナダのボンバルディア社に買収され、さらに2021年にはフランスのアルストム社に買収されています。
また、日本では採用例はありませんが、フランスに本拠を置くアルストム社も、2000年以降シタディスシリーズを展開し、フランス国内では圧倒的なシェアを誇っています。
ヨーロッパではこのように「車両メーカーが作った車両を鉄道会社が購入する」ことが一般的で、メリットとしては大量生産や共通化による価格の低下が期待できます。また、国内での製造の参考とするためや、低床式車両を試験的に導入する意味からも、5000形は日本では珍しい海外車両の購入となりました。
こうして導入された5000形は、100%の低床式や5連接車体(全長が30.5mとなり、日本の規則に収まらないため特例扱い)という構造、大きな窓やどことなくヨーロピアン調の外観が大きな話題となり、2002年までに12編成が導入されました。
広電5000形だけでなく・・ 運用離脱が目立つ海外製車両
しかし、導入後数年で5000形は続々と運用を外れることとなります。
2009年には、5007編成が部品取りとなって運用を外れ、以降2023年現在に至るまで運用についていません。この他にも不具合などで運用を外れる編成が相次ぎ、廃車こそ出ていないものの2023年6月現在運用についているのは3編成のみとなっています。
このため、増備は12編成で打ち切られ、2004年以降は日本の環境に合わせた空調能力の向上や、外国製部品を避け国内で調達可能な機器類を搭載した、国産の5100形への生産へと移行しました。
同様に海外のメーカーで製造された車両は、路面電車を中心に日本でも数社で見ることができます。しかし、やはり保守や修理に問題があり、長期運休や国産機器への置き換える例が見られます。
いち早く海外の技術を導入した熊本市交通局9700形は、5編成が導入されたうち、第1編成は故障により2012年に運用を離脱。さらに第2編成と第3編成も故障により2015年頃を最後に運用を離脱しました。他編成にも故障が続いたため、第2、第3編成は修理されることなく部品取り用となり、熊本市交通局は近年中の置き換えを発表しています。また、第1編成は長期にわたる休車の後、2019年に運用を再開しましたが、部品調達が容易な国産メーカーの機器に取り換えられています。
京浜急行電鉄は、1990年代後半からシーメンス社製のインバーターを採用。これらは「歌う電車」や「ドレミファインバーター」として話題になりましたが、やはりメンテナンス面から国産機器への取り換えが行われ、2021年までに姿を消しました。
福井鉄道では、超低床式車両として一部の部品のライセンスを取得した新潟トランシス製のF1000型「フクラム」を4編成導入しましたが、2022年12月に1001編成がパンタグラフを損傷したため、別の不具合で運休していた1004編成のパンタグラフを移設しました。1001編成は運用に復帰したものの、1004編成はドイツから部品が届く2023年8月まで運休予定で、一時は車両不足で運用変更も行われました。車両不足による変則運用は2023年にF2000型が投入されたため解消しましたが、こうした影響からか、F2000形は国産メーカーのアルナ車両製「リトルダンサー」シリーズを採用しています。
海外製なぜ定着しない? 修理や部品調達に時間と費用が掛かる
5000形に早期運用離脱が発生した理由は、海外製の車両のため、故障や整備のたびに部品が本国からの取寄せとなり、非常に時間と費用がかかったことでした。調達コスト削減を狙って、既製シリーズを流用をしたもの必ずしも安いものではなく、海外と日本の商習慣や使用環境の違いもあり、安定した運用に難がありました。
特に決定的だったのは、2019年にシーメンス社の日本法人が鉄道事業から撤退したことでした。
そのため、修理部品はドイツ本国から調達することとなり、さらに時間と手間がかかる結果となりました。
2021年のデータによると、シーメンス社は世界3位、10%近い鉄道車両シェアを誇っており、一時は日本への積極的な進出の構えを見せた時期もありましたが、ガラパゴス化が進んだ日本の鉄道界においてはその足掛かりがつかめませんでした。
シーメンス社に限らず、日本において海外製の鉄道車両が普及しない最大の理由は、やはり商習慣の違いです。
営業運転開始後でも、不具合があれば解決するまでメーカーの手厚いサポートが慣例として行われる日本製の車両に対し、海外では仕様書通りに納入すればそれでメーカーの仕事は終了で、不具合が発生してもそれが製造上の不具合と証明できない限り、メーカーのサポートは通常ありません。
また、将来の消耗品の供給までがメーカーの責任である日本に対し、海外の鉄道車両には原則として消耗品の供給や在庫はなく、発注しても一から制作するため高額で、時間もかかります。
このため、海外の鉄道会社では必要数以外に予備車両を購入しておき、故障時にはここから部品を取り外して調達することが一般的で、日本のように常に全車両を万全の状態で整備することは当初から想定されていません。
この意味では、広電5000形におけるメーカー、鉄道会社の対応も世界的には標準なのですが、少ない車両を完璧に整備して使う日本の鉄道事情には一致せず、またしても日本のガラパゴス化が強調される結果となってしまいました。