大井川鉄道で走行中の列車の連結が外れる
2023年11月28日14時45分ごろ、静岡県の大井川鉄道で列車が家山駅を発車した直後に機関車と客車の連結器が外れ、緊急停止する事故がありました。
事故があったのは大井川鉄道の所有する電気機関車E34と旧型客車3両からなる列車で、「普通客レ」として運行される臨時列車でした。事故当日は13時46分に新金谷駅を出発、家山駅で折り返しのため機回しを行った直後で、事故は家山駅から50mほど走った地点で発生しました。
報道では、乗客の話として金属音とともに列車が急停止し、機関車と客車が分離していたというコメントが報じられています。
ブレーキ菅が外れて空気漏れが起これば自動的にブレーキがかかる構造のため、列車はその場に停止し、乗客にけがなどはありませんでした。
大井川鉄道では、事故調査のため一部で車両の振替などを行って、翌11月29日までに該当列車以外の運行を再開しています。
事故原因は? 再現実験でも特定に至らず 関係者らは「通常考えられない」
運行中の列車の連結器が外れる事故は、2001年1月13日にE231系の上野発宇都宮行き列車が浦和駅を発車しようとしたところの最後尾車両の連結が外れた事故や、2006年5月31日に両毛線で小山発高崎行きの107系4両編成の連結器が思川駅停車中に分離した事故など、実は意外にもたびたび発生しています。いずれの場合も、連結や解結といった作業は電気的な指示で実行されるる仕組みで、想定外の動作や機器の故障があったために誤った信号が流れたことによる、誤操作や誤作動が原因でした。
しかし、大井川鉄道の事故のケースでは、こうした電気的に動く装置はなく、物理的にロックを操作して連結・解結を行うため、機器の誤作動は考えられません。
今回の事故原因については、国土交通省が「事故につながりかねない重大インシデント」として認定し、2023年12月7日には事故日と同じ乗客数の重りを積んだ実車を使って再現実験が行われましたが、原因の特定には至りませんでした。今後は国と大井川鉄道によってさらに調査が進められることになりますが、関係者からは「通常考えられないケース」という声も上がっています。
大井川鉄道によれば、連結器に異常はなく、事故発生までは運行に支障はなかったというこ、さらに発車時に外れたのではなく、駅から離れたところで発生していること、当日乗客が撮影したと思われる動画では、ガチャンと連結ピンが落ちる音が記録されており、調査は長期化することが予想されています。
連結器の仕組みとは? どうやって連結・開放するの?
連結器とは、文字通り車両相互を連結するための装置です。
連結器には様々なタイプがあり、今回の大井川鉄道で事故があったのはその中でも「自動連結器」と呼ばれるもので、一般的に連結器というとこのタイプを思い浮かべる人も多いかと思います。
「自動」の言葉が示す通り、作業前に開錠しておけば、連結器に触れることなく車両を動かすだけで連結・開放いずれも簡単に行うことができるのが特徴です。
なお、開錠は片方の車両で行われていれば作業ができるのも特徴で、頻繁に連結・解結のある機関車では、開放てこと呼ばれる器具が備わっています。
このてこを引き上げれば、先端のナックルと呼ばれる部分の固定ピンが持ち合がって開錠されます。最大まで引き上げれば同時にナックルが外方に開き、連結可能な状態となります。この状態で連結相手の連結器に接触すれば、ナックルは自動的に閉じるとともに、接触の衝撃でピンが落ちでナックルが固定され、連結作業は完了です(実際には、連結器の操作だけではなくブレーキ菅や電気ケーブル、暖房の引き通しなどを行う必要があります)。解結の場合は、ナックルは開きませんがピンを持ち上げた状態で機関車を前進、あるいは後退させれば、自然に外れます。
機関車や客車列車が少なくなった今では見る機会もほとんどなくなりましたが、かつては電化・非電化の接続駅や電化方式の変わる駅では、機関車交換作業は当たり前のように行われていました。
自動連結器はその構造上、連結部分に遊びの空間が発生します。このため、発車時にはこの遊びの空間がなくなるたびに衝撃が発生し、乗り心地の面では非常に不利となります。一方で、この遊びは非常に大事なもので、機関車が大編成の列車を引き出す場合、起動抵抗が順にかかるよう調整する役目を追っています。このため、動力分散式の電車やディーゼルカーでは、連結器同士の密着度が高い密着連結器を使用することが多くなっています。
なお、実際には自動連結器、密着連結器ともそれぞれ派生型があり、実に多くの種類がありますが、ここでは代表的な2点のみを紹介するにとどめました。
1夜にして連結器交換? 日本では100年前にヨーロッパで主流のネジ式から自動連結器へ
日本で目にする機会が多いのは先に紹介した自動連結器、密着連結器で、いずれも連結、解結自体の作業は自動で行えることが特徴です。
一方で世界に目を向けると、様々なタイプの連結器が使用されています。
特にヨーロッパでは、19世紀に考案された「ネジ式」連結器が主流です。
これは車両に取り付けられたフックに鎖をかけ、ネジを締めることで車両同士を連結する仕組みです。
鎖をかけたりネジを回したりという作業が必要なため、連結と解結はすべて手作業で行う必要があります。また、フックに鎖をひっかけるという構造上、引っ張ることはできても押すことはできないため、連結器の両側には緩衝器が設置され、推進運転時や動力車が自分より後ろにある場合は、緩衝器を押すことで車両を前進させます。
イギリスの技術により鉄道が始まった日本でも、当然開業当初はネジ式連結器を使用していましたが、車両の間に入って作業をすることで事故が絶えず、また路線の延長に伴い、急勾配の多い日本では、連結力の小さいネジ式連結器では走行中に外れてしまったり、輸送力増強の障害となったりする事例が多く報告されるようになってきました。
解決に向けて検討を重ねてきた鉄道省は、所有するすべての車両の連結器を、当時アメリカなどで実用化されていた自動連結器に交換することになりました。入念な準備と交換作業の練習を重ね、1925年(大正14年)7月17日、事前に施された一部の予備車両などを除き、本州で運用されていたすべての車両の連結器の一斉交換が実施されました。機関車や旅客列車には、交換用の連結器をあらかじめぶら下げておき、終着駅で順次交換されるというもので、早い場合は1両30分という早業で交換されました。また、数の多い貨車に関してはこの日は終日運休の処置がとられ、夜明けから日没までの間に文字通り総動員体制で交換が行われたようです。
なお、当時線路がつながっていなかった九州は7月20日に作業が行われ、この2日間で全国で6万両の連結器が交換されるという前代未聞のプロジェクトは無事に終了しました。
また、四国については7月17日から順次作業が行われ、翌1926年(昭和2年)に入ってから完成となりました。北海道については、開業当初よりアメリカ式の自動連結器を採用していたため、この作業が行われることはありませんでしたが、連結器の仕様が本州と統一されたことにより、本州と北海道の間で連絡線を介しての貨物列車輸送が可能となりました。
この期間に連結器を交換された車両は10万両に上るとされていますが、一夜にして連結器を交換した事例は世界にも例はなく、いまだにネジ式連結器を使用し続けているヨーロッパの事例を考えれば、この英断は大成功というべきものでしょう。