新潟県豪雨で被災した只見線が11年ぶりに復旧
全国でも屈指の車窓風景を誇る只見線のうち、2011年7月の豪雨被害により長期にわたって不通となっていた会津川口ー只見が2022年10月1日、約11年ぶりに運行を再開しました。
只見線は、この豪雨によって鉄道施設が大きな被害を受け、全長135.2kmのうち一時は会津坂下―小出113.6㎞が不通となりました。その後2012年までに会津川口―只見を除く部分は復旧しましたが、この区間は第五、第六、第七只見川橋梁が流出、第八只見川橋梁が破損するなど被害が大きく、運行再開には相当の期間と巨額の復旧費用が必要と見積もられていました。
費用負担と今後の運営も問題に 只見線復旧までの紆余曲折
只見線の中でも、会津川口―只見は輸送量が少なく、被災前の2009年度は収入500万円に対して営業費用は3億3500万円、単純計算で毎年3億円以上の赤字が出ていることとなります。2010年度の輸送密度は49人という閑散路線で、これに対し復旧費用は約90億円と見積もられていました。
また、2011年当時の法律では、鉄道の災害復旧費用の補助は最大で1/2、しかも路線ではなく会社自体が赤字であることが条件でした。つまり、復旧費用は全額がJR東日本の負担となり、JR化後すでにたびたびの自然災害で復旧に20億円近くを費やしてきたJR東日本は、只見線の復旧には非常に消極的になっていました。
被害区間を通る列車は1日3往復、これに対して設定された代行バスは1日5往復で、バスは需要の高い市街地を走行できる点からも、JR東日本は鉄道での復旧に難色を示し、一時は只見線の廃線は避けられない状態でした。
しかし、福島県を始め沿線自治体からの只見線復旧の要望は強く、2013年には地元の自治体や民間企業、有志による「只見線復旧基金」が創設され、24億円が集まりました。
さらに復旧費用の拠出だけでは存続に難色を示すJR東日本に対し、2016年には、鉄道として復旧した場合、福島県と沿線自治体が線路など鉄道施設を所有・維持し、JR東日本は運行に専念するいわゆる「上下分離式」とすることで合意、さらに赤字額を沿線自治体が補填する方向であることも示されました。
こうしたローカル線復旧の困難さは、東日本大震災や熊本地震など各地で発生した大災害でも顕著になったため、2018年には国会で鉄道軌道整備法の改正が行われ、一定の条件であれば黒字である鉄道会社も復旧費用の補助を受けられるようになり、新たな法律の取り決めではJR東日本の負担額は全体の1/3で済むようになりました。
こうして、復旧工事自体はJR東日本が行い、工事終了後は施設を福島県へ譲渡し、工事費81億円のうち54億円を福島県を始めとした沿線自治体が負担、さらにJR東日本は線路使用料を支払うものの赤字分は沿線自治体が負担することで合意。只見線は2018年に全線復旧へ向けての工事に着手、予定より1年遅れとなったものの、2022年10月1日に約11年ぶりに全線復旧となりました。
日本における鉄道における上下分離式とは?
さて、今回の復旧区間について、先ほどの文章の中で「福島県と沿線自治体が線路など鉄道施設を所有・維持」「JR東日本は運行に専念する」という「上下分離式」とすると述べました。
近年、鉄道に限らず公共工事で耳にするこの「上下分離式」とは、いったいどのようなものなのでしょうか。話を簡単にするため、ここでは鉄道に限ってお話ししたいと思います。
日本国内の鉄道会社は、土地、線路やそれに付随する鉄橋、トンネル、駅施設など、鉄道の運行に必要な基盤の部分と、車両など輸送に直接必要な部分の両方を所有することが一般的です。
鉄道の運行に専門の知識を持つ鉄道会社が、運行に必要なすべてを所有することは、設備や装置、そして人事などに統一性を持つことができ、安全運行という点においては大変優れた方法です。
その一方、輸送の小さいローカル線などでは、運行経費以上に施設の維持費の負担が大きくなり、鉄道会社の経営を圧迫することになります。施設の維持費は企業努力で削減することも難しく、運行にかけられる経費が少なくなり、これが減便などのサービスダウンを招いていました。さらに増客のための営業活動に割く経費も少なくなってしまい、利用減でさらに運行経費を削減せざるを得ず、最終的には廃止に至るパターンも数多く存在していました。
こうした状況を打開するために、線路や土地といったインフラ(基盤)を下部、運行に必要な部分を上部と見立て、それぞれに独立した採算をとる方法が、上下分離式と呼ばれる方法です。
日本の鉄道に限って言えば、鉄道会社は上部(運行)に専念し、下部(インフラ所有者)は自治体や公営企業、あるいは官民出資の第三セクター会社が所有し、上部の鉄道会社が下部のインフラ所有者に使用料を払う形態を指すことが多くなっています。
運賃などの収入は鉄道会社のものとなりますが、鉄道会社はインフラ所有者に対して施設の使用料を支払います。鉄道会社の負担は使用料の範囲で収まることとなり、施設維持費が経営を圧迫することがありません。このため、鉄道会社は営業活動や車両の更新費が捻出しやすくなり、増客につなげることができます。一方で、使用料だけではインフラの維持費が不足する場合は、これらの費用は自治体などが税金から支出する必要があります。
2022年現在、ローカル私鉄や第三セクター鉄道を中心にこの経営形態は増加しつつありますが、上部と下部の関係については、下部は維持費を負担するだけなのか、はたまた上部の赤字までを補填するのかなど、様々な形態があります。さらに、車両の所有者がどちらなのか、インフラ部分と一概に言っても、それは土地だけなのか、あるいは線路を含むのか、鉄橋やトンネルがどちらの所有なのかは、ケースバイケースとなっています。
また、鉄道会社の財政基盤が小さく、本来はインフラを自治体の所有へと移したうえで上下分離式としたいものの、実際に所有者を変えてしまうと鉄道会社の財産がマイナスとなってしまうような場合は、直接的に維持費相当額を支援することで、「みなし上下分離式」と呼ばれます。
ヨーロッパでは国鉄を上下分離式で解体 新規参入も容易
上下分離式のメリットが最大限に発揮されているのが、ヨーロッパ各国で行われた国鉄の分割民営化です。日本の国鉄では地域ごとに分割しましたが、ヨーロッパではこれを役割別に行ったのが特徴です。
わかりやすく言えば、国鉄の資産を土地・線路を保有する会社、車両を保有する会社、乗務員を保有する会社、駅で窓口を行う会社、列車を運行する会社というように分割し、それぞれ使用料を支払うことで列車の運行を行うというシステムです。
さらに、乗務員会社や車両会社、列車運行会社などは複数が存在することで、競争原理が働き利用者にとって良い結果がもたらされます。ローカル線など非採算線区は、公営会社などが税金を原資に設備を保有し、運行を行うことで路線が維持されます。
使用料さえ払えばだれでも新規参入が可能(これを読んでいるあなたも先立つお金さえあれば、車両を借り、乗務員を借り、線路を借り、切符販売を代行してもらうことで、鉄道会社として参入が可能です)で、夜行列車専門の運行会社もあれば、利用客の少ない(=線路使用料の安い)時間帯を狙って運行する格安高速鉄道専門の会社も存在します。
基本的に国境を意識する必要もなく、隣国にビジネスチャンスがあれば、いつでもだれでも参入が可能です。国をまたいだ会社が存在することで、国境で乗務員や機関車を必ずしも交換する必要もなくなり、所要時間の短縮も実現しました。なにより多くの国から様々な業種から鉄道事業に参入があったことで、1社独占で硬直していた時代に比べ、鉄道自体のサービスレベルが大きく向上し、これが自動車や航空機に対しての競争力強化につながりました。
上下分離式 デメリットはあるの?
もちろん、デメリットがないわけではありません。
最も言われているのは、鉄道の専門家ではない組織が施設を保有することで、安全性が低下することが懸念されています。特に、自治体や企業などでは数年おきに担当者が入れ替わることから、専門の人材が育たないことが問題として挙げられています。
また、会社跨ぎの調整が必要となることから、認識の違いなどで重要事項の伝達がうまくいかない可能性があります。
実際ヨーロッパでは、例えばイタリアでは国鉄の分割民営化後に重大事故が相次ぎ、一時的に経営の指揮権が国に戻された時期もありました。ドイツでは、分割直後から定時運行率が著しく悪化し、社会問題として取り上げられました。
もう一つの懸念材料は、費用負担の問題です。
上下分離式を採用する鉄道の場合、多くが赤字であり、最終的には沿線自治体が赤字を負担する形になります。自治体の負担ということは税金の投入であり、鉄道を利用しない人にも間接的に負担がかかることになり、その負担は鉄道が存在する限り続きます。
このため、上下分離式で鉄道を存続させるためには、地元の理解が不可欠なものとなります。
只見線でも、沿線自治体からは存続を求める声が強かったものの、一部では将来への負担を懸念する声もありました。鉄道を存続させるには、利用者だけでなく、地域に何らかの恩恵をもたらすことが不可欠です。