大雨で被災の津軽線が廃線危機 存続を巡って協議が始まる模様

社会
スポンサーリンク

アマゾン タイムセール

人気の商品が毎日登場。

タイムセール実施中

スポンサーリンク

アマゾン タイムセール

人気の商品が毎日登場。

タイムセール実施中

大雨で被災の津軽線 存続を巡る協議が始まる

JR東日本は2022年12月19日、同年8月の大雨で不通となっている津軽線の蟹田ー三厩間28.8㎞について、路線の存続を含めた協議を2023年1月から沿線自治体と行う意向であることを発表しました。JR東日本は「復旧にこだわらない」としており、廃線も選択肢に入れた協議の場がもたれることになります。また、JR東日本によれば、すでに沿線自治体となる青森県と今別町、外ケ浜町には協議申し入れを行っているということです。

この区間は2022年8月3日の大雨により被災、当初は10日間程度で運行再開とされていましたが、8月9日には再び大雨により損害が増加。盛土の流出や土砂流入などで13か所が被災していました。

JR東日本によれば、仮に鉄道による復旧を行った場合、復旧工事に必要な期間は約4カ月、復旧費用は約6億円とみられています。

表示されない場合: 大雨に伴うJR津軽線蟹田駅~三厩駅間の被害状況と今後の見通しについて

ただ、この区間は2022年8月にJR東日本が公表した「利用者が極めて少ないローカル線として収支を公表した66区間」に含まれ、コロナ禍以前でさえ輸送密度は100人程度。2021年度の中小国―三厩では約5億6000万円の赤字となっていました。

津軽半島のローカル線 津軽線の歴史とは 

津軽線は、青森駅を起点に津軽半島の先端に位置する三厩駅までを結ぶ55.8㎞の路線です。

もともとは1922年(大正11年)に制定された改正鉄道敷設法において「青森県青森ヨリ三厩、小泊ヲ経テ五所川原ニ至ル鉄道」として建設予定とされた路線が始まりで、このうち予定線の東側に当たる五所川原-津軽中里は津軽鉄道によって1930年(昭和5年)に開業しました。

西側部分の開業は意外と新しく、最初から国鉄の手によって1951年(昭和26年)に青森―蟹田、1958年(昭和33年)に蟹田―三厩が開業し、全線が開通しました。ちょうど高度経済成長期に差し掛かろうとする時期で、鉄道の開業は地元の悲願でもありました。しかし、残る三厩―津軽中里については、予定線のまま実現することはありませんでした。

こうして津軽半島の盲腸線となった津軽線は、1981年(昭和56年)の国鉄再建法において廃止対象となる第三次特定地方交通線の選定基準に入っていましたが、例外規定となる「隣接駅間において、ピーク時一方向1時間あたり旅客人員が1,000人以上の鉄道路線」に当てはまったため、辛くも廃線を免れました。

青函トンネル開業により、ローカル線に過ぎなかった津軽線には多くの旅客列車や貨物列車が行き交うことになった 開業当初の主力であった快速『海峡』は、乗車券のみで乗船できた青函連絡船の代替列車として設定された 開業当初は、青函トンネルブームにより連日増結が行われたが、そのブームも次第に下火になったころから単価アップを狙って、特急列車のみの運行となった 北海道新幹線の開業により、津軽線は再びローカル線へと逆戻りとなった Wikipediaより

その津軽線に大きな転機が訪れたのが、1988年(昭和63年)の青函トンネルの開業でした。津軽線のうち、青森―中小国(正確には、海峡線が分岐する中小国信号所)が通称津軽海峡線の一部として、本州と北海道を結ぶ大動脈の一部となりました。一これにより、青森―中小国は交流20kv(50hz)による電化が行われ、本州―北海道を結ぶ旅客列車や貨物列車に交じり、津軽線の列車も電車による運行が始まりましたが、津軽海峡線には入らなかった中小国―三厩は一時は廃線も取り沙汰されたものの非電化のまま残され、基本的には途中の蟹田で運行形態が分断されることとなりました。

幹線級の扱いを受けていた青森―蟹田に対し、2022年改正時点では蟹田―三厩は5往復のみの運転で、JR東日本の発表によれば、JR発足時の1987年(昭和63年)に415人あった輸送密度は、コロナ禍前の2018年度で107人、2021年度には98人まで落ち込んでいます。また、当初は本州―北海道を結ぶ旅客列車の行き交った青森―蟹田も、北海道新幹線開業によりこれらが廃止されローカル輸送のみとなった結果、最盛期には10,000人を超えていた輸送密度も2021年度には556人となっています。

津軽線 沿線自治体は存続を求める立場 現実は厳しい

こうした状況を受けて、JR東日本は2022年8月に利用者が極めて少ないローカル線として66線区の収支を公開、今後の路線の在り方について自治体と協議の場を持ちたいとしていました。津軽線はこの66線区の中にリストアップされており、遅かれ早かれ協議の場が持たれることが期待されていましたが、大雨による被災を受け、この66線区の中で初めて具体的に廃線に触れられた路線となりました。

この申し入れを受け、青森県の三村申吾知事は「津軽線は日常生活や経済活動を支える重要な役割を担っている。鉄路の維持が必要との立場で協議に参加する」としており、路線の維持を前提とすることを明らかにしている他、また、外ヶ浜町と今別町も存続を希望する立場を表明しています。

ただ、現実問題として中小国―三厩は営業係数が8500円を超えるなど厳しい経営であることには変わりなく、公費負担なしには存続は難しそうです。

2022年8月の大雨では、奥羽本線を始め五能線、磐越西線、津軽線、米坂線で大きな被害が発生しました。このうち、日本海縦貫線の一部でもある奥羽本線は10月中に復旧、観光資源として大きな期待が寄せられている五能線も12月23日に全線で復旧しました。

また、磐越西線も2023年春の運転再開向けて準備が進んでいますが、津軽線、米坂線は復旧の見通しすら立っておらず、その存続に注目が集まっています。

タイトルとURLをコピーしました