実は変化している? 踏切の警報音
踏切の音といえば? そう聞かれて何と答えるでしょうか?
40代の筆者であれば、「カンカンカンカン」という鐘をたたく音を模した電子警報音が真っ先に浮かびますが、実は踏切の警報音も時代とともに変化を遂げています。毎日聞く音で変化に気づかない…、という方もいるかもしれませんが、次の動画を聞けば納得です。
そう、2010年頃から、2つ目に紹介される「ポンポンポンポン」とも聞こえる電子音に変わりつつあるのです。若い人の中には、踏切の音といえばこの「ポンポンポンポン」しかイメージできない世代も増えつつあるのではないでしょうか。
ちなみにこの動画で一昔前と紹介される三番目の音も、ある一定の年齢より上の方は聞き覚えがあるのではないでしょうか。
大まかに分けて2種類ある警報音 電子音式と電鐘式
踏切の警報音は、後に紹介する警報灯を含めて踏切警報機と呼ばれます。その中でも警報音を発生させるのは警報音発生器と呼ばれ、日本では以下の2種類が存在します。
- 電子音式
- 現在の主流 警報音発生器からスピーカーで電子音を発生させる ある程度の指向性があり、音量を調節できることから、住宅街では音を小さくしたり、遮断機の降下中と降下後で音量を変化させるものもある
- 電鐘式
- 電子音ではなく、実際に鐘を叩くことで音を発生させる 歴史としてはもちろんこちらのほうが古いが、現在は補充部品もなく老朽化で年々数を減らしており、都市部では珍しい存在で、近年はローカル線で一部見られる程度
警報灯も新しく 全方位型警報灯が主流に
警報音と並んで踏切の設備として誰でも知っているのが、交互に点滅する赤の警報灯です。こちらも2000年代以降大きな変化がありました。
それが、2004年から導入されている全方位警報灯です。
従来の警報灯は特定の方向へのみ向けられており、警報灯が設置されている正面以外からは視認性が低くなっていました。そのため、線路と交差する道路の形状などによっては、複数方向へ警報灯を設置する必要があり、設置費用やメンテナンス費用を押し上げることになっていました。
そこで導入されたのが全方位警報灯で、文字通り360度どの方向からでも警報灯が点滅していることが分かる構造となっていて、例えば踏切を横断中でも警報機が作動し始めたとが視認できるようになりました。
踏切警報機の歴史は意外と古い
踏切を横断する交通の安全確保の歴史は意外と古く、鉄道が開業した頃からすでに問題として認識されていたようです。当初は線路を門扉で遮断しておき、列車の通行時のみ係員が門扉を動かして逆に道路側を遮断するということが行われていましたが、当時は自動車もなく、後に道路を遮断しておき通行のある時のみ開放するという形式に変更されました。
しかし、この方法は全国へ線路が伸び、列車本数が増えるにしたがって人手も多数必要になったことから、大正時代には開け閉めの容易な様々な遮断方式が作られるようになります。特に昭和になると自働車が急増したことにより踏切事故も増加、踏切の安全確保は大きな問題となりました。
こうした社会情勢を受け、大正末期頃から様々な警報装置が試作され、最終的には1930年に2個の赤色閃光と電鈴音が連動して列車の接近を知らせる電鈴閃光式の踏切警報装置の導入が鉄道省(後の国鉄)において決定、これが現在に至る踏切の原型となっています。戦後になると、さらに交通量の増加により、せっかく警報装置を導入しても列車の通過直後に踏切を渡ろうとした自動車が反対から来た列車と衝突する事故が増加、1950年代半ばからは、矢印で列車が接近する方向を表示する装置の導入も始まりました。
1960年代になると、大都市では列車本数が増えて大編成化が進み、踏切が道路を遮断する時間が大幅に増加しました。これにより、1日中鳴り響く警報音に対する苦情も上がるようになります。当時の踏切は電鐘式が一般的で、物理的に鐘をたたく以上音量を下げることは難しく、音量調節が可能なスピーカーを備えた電子式の警報音発生器が普及していくことなります。また、従来人手に頼っていた遮断機の上げ下げも、1958年以降自動踏切の実用が進み、ほぼ現在見られる姿の踏切が普及していくことになりました。
※本年もたくさんの方にご覧いただき、ありがとうございました。次回の更新は1月10日ごろを予定しています。引き続きご愛読いただきますよう、よろしくお願いいたします。